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書評の道

主に本の読書感想を行っています。ジャンルは、実用書、歴史が比較的多いです。


昭和史から学ぶ、冷静に事実を見つめることの大事さ

歴史 雑感

最近昭和史に関する興味が強くなってきており、半藤一利さんの「昭和史」を読み直しています。

 

半藤一利「昭和史」の書評はこちら。 

muyuyu.hatenablog.com

 

戦争に至る経過を改めて読んで、なぜアメリカとの開戦を避けられなかったのか暗い気持ちになりました。

その中で、特に勉強になったのが、日独伊三国同盟に固執した日本の対応です。

 

昭和15年(1940年)に三国同盟が調印された後、翌16年4月13日には日ソ中立条約が調印されます。これにてソ連の脅威がなくなったので、アメリカとの戦争に備えて資源を求めて東南アジアへの南進政策を進めることになります。

しかし、思わぬ事態が起こります。16年6月22日に、ドイツがソ連に侵攻を開始しますが(バルバロッサ作戦計画)、ドイツから日本への事前の通告はありませんでした。日本にとって、三国同盟の目的は、日独伊に加えてソ連が連携して米英に対抗するというものでしたが、その目的は瓦解しました。そして、ドイツと同盟を結んでいることから、日本は英米に加えてソ連をも敵に回すことになってしまいます。

 

このときに冷静に状況を見極めることができたのであれば、事前通告を受けていなかったことを理由に、日本は三国同盟から離脱して中立を守る、つまり戦争には参加しないという選択肢がありました。

しかし、日本はなおも三国同盟に固執します。その理由を半藤さんは次のように説明します。

 

ところが日本はあえて三国同盟に固執しました。なぜでしょうか。ドイツの勝利を信じていたからです。英国を倒し、ソ連も叩きつぶす。そしてその後の新しい世界地図、アジア新秩序を日本がつくることを夢想していたからでした(334頁)。

 

あくまでドイツが勝利するという前提で物事を考えていたというのです。

 

松岡外相がソ連との条約を結ぶためにモスクワに行った際、チャーチルから手紙が届き、対米強硬路線を進めるのではなくもう少し緩やかな政策にしてはどうかと忠告する内容でした。しかし、松岡外相は突っぱねてしまいます。

 

その後の歴史の経過を見れば、チャーチルの忠告が正しかったことがよくわかります。日本政府は、ドイツが勝利するということを信じ、それ以外の選択肢を冷静に検討することなく、極めて楽観的・ずさんな判断をしたことになります。

 

半藤さんは次のように指摘します。

それにしても、政府や軍部の「見れども見えず」は情けない限りです。が、こうやって昭和史を見ていくと、万事に情けなくなるばかりなんですね。どうも昭和の日本人は、とくに十年代の日本人は、、世界そして日本の動きがシカと見えていなかったのじゃないか。 そう思わざるをえない(267頁)。

 

人間、そして組織や国家も、自分にとって都合の悪い事実や展開から目をそらし、都合のよい事実しか見ないようにするという傾向があるようです。その傾向が顕著に現れたのが昭和史の日本ということでしょう。

 

自戒を込めて、都合の悪い事実から目を背けることがいかに危険かを意識しなければならないと感じました。