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【書評】半藤一利「あの戦争と日本人」:幕末から昭和に至る日本人論

目次

 

あの戦争と日本人 (文春文庫)

あの戦争と日本人 (文春文庫)

 

 はじめに 

 このブログでも何度か取り上げている昭和史研究の第一人者である半藤一利さんの本です。

太平洋戦争前後のことを中心としながらも、幕末や日露戦争といった昭和史以前のことも取り上げ、「日露戦争と日本人」「統帥権と日本人」「鬼畜米英と日本人」といったテーマごとに、分かりやすい解説がされています。

本書を読んで特に気になった点をいくつか取り上げてきます。

日露戦争の分析を怠り舞い上がってしまった日本人

日露戦争では旅順攻略や日本海海戦等の華々しい戦果が取り上げられ、栄光の勝利という文脈で語られることが多いです。しかし、実際には、犠牲者が非常に多く、偶然にも助けられ薄氷の勝利を得ながらも、これ以上は戦えないという状況の中で、アメリカの仲介によって何とか和平に持ち込めたというのが真実のようです。

連戦連勝、無敵であった日露戦争というのも、実は幸運の連続でやっとこさっとこ乗り切った。それ以上続ける余力は全くなくなったとき、アメリカが仲介になってくれたから和平を結ぶことができた。勝ちは勝ちでも惨たる勝ち(62頁)。

 勝利したとはいえ、多大な犠牲も出した辛勝だったのですから、本来は経過を丹念に追って反省すべき点がないか、教訓とすべき点がないか十分に分析すべきでした。しかし、勝ったということをもって、正確・客観的な分析がおざなりのまま、勝利の神話だけが強調されてしまった。

結局、日露戦争の神話があることが、冷静な判断を狂わせ、太平洋戦争に突き進む原因の1つとなってしまいました。

日露戦争には、私たちが教訓にすべきことがたくさんありました。しかし、勝ったという一点によってそれを全部消してしまった。そこからなにも学ばないまま、リアリズムを失い、太平洋戦争につき進んでしまったわけです。東郷さんの言ったように「勝って兜の緒を締め」なかった。残されたのは勝利の神話だけです(69頁)。

 成功体験に囚われて現状を正しく認識できず破滅の道に進んでしまうという事象は昭和史の日本だけではなく、現代の企業経営等にも当てはまる例が多いように思います。原子力は儲かるという過去の夢にしがみつき、現在の原発リスクを十分考えないまま原発事業を買収して巨額損失を出した東芝などは典型的な例ではないでしょうか。

軍部が常に強硬だったわけではない

昭和史を学ぶときは、軍部が暴走して戦争に突き進んだという「軍部=悪」というイメージで語られることが多いように思います。しかし、実際の歴史を見ると、必ずしもそうではないことが分かります。

昭和12年から始まった日中戦争ですが、駐中国ドイツ大使トラウトマンによる仲介工作が日中双方に打診されました。参謀本部としては、早期の停戦を希望しており、このトラウトマン工作に非常に乗り気でした。しかし、当時の内閣であった近衛文麿内閣が条件をつり上げて強硬的な対応をし、ついには「国民政府を対手とせず」との声明を採択し、トラウトマン工作は不調に終わりました。その結果、日中戦争は泥沼化してしまいます。

つまり、トラウトマン工作の場面では、軍部は和平派であるのに対して内閣が強硬派となっており、軍部が暴走し続けて太平洋戦争に至ったという認識は誤りです。

1つの偏ったイメージで物事をとらえることは危険であり、事実を丹念に分析することが大事ということが分かります。

まとめ

日本の歴史の中で昭和史だけを特殊な時代として切り離すのではなく、歴史は連続的であり日露戦争があってこそ太平洋戦争につながるという半藤さんの歴史認識はとても勉強になります。手軽に昭和史を学ぶのにおすすめの本です。

 

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